伊助のよもやま話


会長

今昔の物語り

私の生まれた所は、京都の織物で有名な西陣です。
それはそれは素晴らしい所です。住めば都と言いますが、ここ以上の場所はないと信じている。
朝早くから、はた織りの音が聞こえる平和な日々。今の様に車が通ることも無く、道路で子供が遊び、キャッチボールが出来た。
それは私の子供の頃、昭和10年頃の風景で、一町内は約60軒くらいに区切られていた。
その町内には、生活に必要な物がほとんど揃うほどの店があった。
八百屋、うどん屋、氷屋、駄菓子屋、自転車屋、風呂屋、織物屋、材木屋、竹屋、桶屋、ろうそく屋という店構えだけでなく、大工さんや、お医者さん、タクシーの運転手さんなどが町内のお隣さんだった。
今は何も無い。店は私の竹屋だけとなり、代わりに増えたのは駐車場とマンションだ。
町内を行きかう人に会話は無く、軽く頭を下げる挨拶だけでシーンとしている。不気味なくらいだ。
昔は良かった。生まれて良かったと思わせる生活があった。町内全体が家族の様で、話や笑いが絶えなかった。
タクシーは今の個人タクシーみたいなもので、交渉して乗ったものだ。1円でどこへでも行けた。だから円タクと言っていた。
当時の1円はたいした金額で、子供の小遣いは1銭だったが、それでも何でもが買えた。

その時分の事を言ってもしょうがないが、今の世の中があまりにも淋しいと感じ、昔の良き風景を書いてみたくなった……と、言っている内に町内で一番の年寄りになった。
これからもっとうるさくなるのかなと、自分で自分を戒めている。

あー昔は良かったの一言に尽きる。それでも長生きさせてもらっている。
毎日毎日に感謝して生きています。


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